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2006年6月 5日 (月)

父の「ありがとう!」

Higeojisan_2  父は86歳、75歳ぐらいまでは、掃除や庭の手入れをマメにし、窓拭きはガラスがないかのごとくピカピカ、使わなくなった新聞紙やダンボールなども、きちんと束ねるような人だった。しかし、70代後半ごろから、自分からすることが少なくなってきた。

 実家の私の手伝いは、暮れの大掃除・衣替え・車の運転程度で最初は済んでいた。しかし年々、手伝わなければならない家事の種類や回数が増えてゆき、数年前からは週1.2回となり、病院の付き添いまでしなければならなくなった。

 実家に着くなり、お茶も飲まずに掃除や片付けをすましてゆく私を見て、父は「よく働くなあ」と感嘆し「ありがとう!」をたびたび言うようになった。私の人生で父からこれほど何度も礼を言われたことはない。若い時は私よりはるかに働きものだった父、父の感謝の言葉は、私の張り合いになっている。バタバタ家事をしているだけではなく、ランチを一緒に食べ、車で買い物に行ったり、私も一緒にお昼寝をすることもある。訪問回数が増えたことで、両親の細かい暮らしの変化に気がつくようになったし、両親の気持ちも落ち着いているように見える。

 家事の手伝いは、介護保険を使ってヘルパーさんを頼めばすむことであるが、母はヘルパーさんを頼むことを嫌がったし、嫌がる気持ちが私には理解できた。片道1時間はかかると言っても、同じ市内に住んでいる娘が、親の家に顔も出さず、ヘルパーさんまかせにしていたら、老いた親はどんなにか寂しいことだろう。自分の子供が近くに住んでいるのに、頼りにしない親が、はたしてどれだけいるだろう。子に迷惑をかけまいと親が言っていても、心の中では、頼りにしているのが自然だと思う。

 父は生活上の世話は必要だが、徘徊をするわけではないし、自分で食べることができ、自力でトイレに行くことができる。世話をするものとしては、今の状態が長く続くことを祈り、寝たきりになる時間が短いといいなあ、と勝手に思っている。

 私に何度も礼を言う父を切なく思え、父の「ありがとう!」は、今まで他の人から言われた「ありがとう」より、心に沁みる。一方、世話をしてくれる弟家族や私がいる両親を、羨ましくも思う。

ba-hirake

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コメント

クオリアさん、コメントありがとうございます。

今は介護というよりは、生活介助とでも言うのでしょうか。

心の底からの「ありがとう」をいただいて、私も優しくなれます。

元気な高齢者から学ぶことは多々ありますが、一方、気力体力が衰えてゆく高齢者からも教わることもあります。

投稿: ようこ | 2006年6月 6日 (火) 午後 02時11分

こころが癒される記事でした。父上の{ありがとう}の言葉は本当の心のそこから出たありがとう。そして、ようこさん良かったと思うのでしょう。ようこさんの親孝行に乾杯!!

投稿: クォリア | 2006年6月 6日 (火) 午前 07時53分

michikoさん、コメントありがとうございます。

両親は、祖母の介護をよくしていました。介護の苦労を何度も経験したので、老いるとどうなるかが、想像できるようになったと思っています。

介護を家族だけでするには、限界があります。いずれ両親も介護保険を利用する時がくると思っています。

投稿: ようこ | 2006年6月 5日 (月) 午後 05時06分

人が老いていくとうい事はどんなことなのかがしみじみ分かります。
ヘルパーさんを頼みたくないご両親のお気持ちがよく理解できます。
それを察してお手伝いされる ようこさんのお気持ちの尊さ、実行されている立派さを感じています。
実の娘の訪問は何にも勝る宝物でしょう。
どうぞ、これからも頑張ってくださいませ。

投稿: michiko | 2006年6月 5日 (月) 午後 12時56分

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