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2006年11月30日 (木)

ミレーの村とフォンテ-ヌブロー(7)

10月30日フォンテーヌブローとパリ市内散策 

Atorie○フォンテーヌブロー行きのバスツアーに参加。

フォンテ-ヌブローはパリの南東65kにある。途中ミレーの「落ち穂拾い」で有名なバルビゾン村に寄る。のどかな小さな村の紅葉した蔦が澄んだ空気の中で輝いていた。村のメインストリートを歩きながらミレーの住宅兼アトリエを見学。落ち着く村の雰囲気はなかなか良くて、有名人がよく泊まるというプチホテルもある。「落ち穂拾い」が描かれた麦畑は、メインストリートのすぐ側に広がっていた。

フォンテーヌブロー城

100kfontennaporeon_1 フォンテーヌブロー城は、ベルサイユ宮殿よりは、一見地味に見える城であるが、歴史上からはなかなか興味深い城のようである。国王が狩猟を楽しむために作られた城だが、12世紀から何世紀にもわたり歴代の君主が、自分好みに改装していった足跡を見ることができる。

写真はナポレオンの執務室、仕事をする机の後ろに、天蓋のついたベットも置かれていた。忙しいナポレオンは、寝室で眠るより、この執務室で休む方が多かったらしい。「フォンテーヌブロー城が一番心休まる所だ」と言っていたそうである。

ナポレオンがエルバ島に流されることになった時、兵士に別れを告げた「決別の広場(馬蹄形の外階段)」では、片手を挙げたナポレオンの姿が目に見えるようだった。庭園もみごとであるらしいが、季節が悪かったのか、殺風景だった。パリには午後1時に戻る。

一旦ホテルで休憩、午後はパリの中心街をゆっくり歩き、シャンゼリゼ通りのオープンカフェのある店に入る。この店は外のテーブルと通りとの間に、低めの植木鉢が生垣のように置かれているので、落ち着いてなかなか良かった。

100kmire_110月31日(火)ドゴール空港出発午後13時45分
11月1日(水)午前8時成田着帰国

今回は珍しく飛行機酔いをしなかったので、メデタシメデタシ。疲労困憊しているのに上野でエルミタージュ美術展に寄ってから家に戻る。

旅日記は、後1回パソコンについて書いておしまい。書いたことで、旅の記憶が消えずにすんだ。帰国してからひと月が過ぎ、毎日家事と雑用の山でパリの芸術とは縁のない暮らしだが、旅の前とちょっと違う感じがする。18年前のパリ旅行の後より、今回の方が多くのものを吸収できたような気がする。

旅日記を読んで下さったみなさま、ありがとうございました。

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コメント

michikoさん、コメントありがとうございます。

ミレーの「落ち穂ひろい」ですね。山梨県立美術館にも「落ち穂拾い」の夏のバージョンがあります。あちらは縦だったと思います。

絵画から画家の生きていた時代背景がちょっと見えてくるようですね。
フォンテーヌブロー城より、バルビゾン村に寄れたことの方が印象的でした。村のホテルに2日ぐらいなら泊まって見たいですが、それ以上になると寂しくなりそうな所でした。

投稿: ようこ | 2006年12月 7日 (木) 午後 09時32分

バルビゾン村で原画風景の麦畑を実際にご覧になれて良かったですねぇ~。
もう一度、クリックで大きくしてつくづく見ました!
誰にでも分かる名画ですよね~!

投稿: michiko | 2006年12月 7日 (木) 午後 08時28分

クオリアさん、コメントありがとうございます。

現代の有名な画家たちは手を使い、感動しているので、長生きをする人が多いと言いますが、昔の画家は自分が生きている間に絵を評価されずに、苦労をしている人の方が多いですね。

画家の人生を少しでも知ると、絵を見る興味が深まります。

投稿: ようこ | 2006年12月 1日 (金) 午後 10時21分

ミレーのアトリエを見て思います。後世に藝術・美術を残す天から才能を与えられた 天才はみな 辛苦の中から生まれそして短命の人生中で大きな重い密度のある 大きな功績を世に与えてゆくように。旅行記を読ませて頂きながら感じました。 

投稿: クオリア | 2006年12月 1日 (金) 午後 07時43分

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