2009年8月30日 (日)

人生応援団

Bcut009_0609bara 定本「頼藤和寛の人生応援団」がすこぶる面白い。定本は、精神医学者・頼藤和寛先生が、産経新聞に「人生応援団」と題して身の上相談を担当していらした時の1部を、まとめたものです。ドクターの回答は異色で、愉快で、日々悩んでいる人の視点をかえて下さる本です。

頼藤和寛さんを知ったきっかけは、田辺先生の「楽老記Ⅳ」を読んでいた時。(エッセーなどを読んでいると、読んでみたいと思う本が次々でてくるので、楽しい!)

頼藤和寛さんは、昭和22年生まれ、麻酔科、外科を経て、精神科へ。阪大病院勤務、大阪府中央児童相談所などに勤められた。平成3年より産経新聞の人生相談を担当なさった。

平成13年4月、がんにより永眠。その体験を綴った「わたし、ガンです-ある精神科医の耐病気」も、死を前にした冷静な思考には、学ぶところが多い。頼藤和寛先生が、もう少し早く病院で検査を受けていらしたら、今も人生相談を続けていることができ、うつ病患者が減ったことでしょう。先生は、死を目の前にしても、人生に淡々としすぎでした。

先生は、30冊以上の著書を残しておられます。2冊しかまだ読んでいないけれど、定本「頼藤和寛の人生応援団」は、2度も読んでしまった。図書館で借りていた本なので、アマゾンに注文しようと思ったら、残念、もう販売していませんでした。

「わたし、ガンです-ある精神科医の耐病気」発行文藝春秋(文春新書)は、在庫あり。

今日は、衆議院選挙、午前中に投票をすましてきました。投票場はいつになく人が来ていたような気がします。正直、今回ほど、投票する人や政党について、考えことはないような気がします。今夜は何時まで起きていられるかしら。

 

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2009年2月 1日 (日)

天童荒太「悼む人」を読む

1月31日の仙台は、水分をたっぷり含んだ雪が、風にビュービュー吹き飛ばされ、一日中荒れた天気でした。雲は厚く、昼間でも部屋の中は薄暗かったので、灯りをつけていました。こんな日は、気持ちが落ち着いて、読書がとてもはかどるのです。

Itamuhito_2 天童荒太さんの「悼む人」を読みました。読み始めた3日前、プロローグに「誰に愛されたのでしょうか。誰を愛していたのでしょう。どんなことをして、人に感謝されたことがあったでしょうか」と、主人公が会ったことのない故人の生前のことを訊ね、彼なりの「悼み(祈り)」をあげることに違和感を感じて「精神世界的な小説かしら、最後まで読めないかも知れない」と思いながら読んでいました。しかし、末期のがんに侵された主人公の母親が登場するあたりから、だんだん引き込まれてしまいました。

「天童さんは、よくこんな小説を書くことができたなあ」と、読み終えた今は感心しています。エピローグは特に良かった。読み終わってからも残る余韻、会ったことのない人の死でも「悼む」気持ちを持って欲しいと、読者に問いかけているようです。

「悼む人」は主人公の精神的な思いが濃いので、心身ともに元気な状態の時に読むのは、いいのですが、そうでない場合はチョットきつい内容かも知れません。

「誰に愛されたのでしょうか。誰を愛していたのでしょう。どんなことをして、人に感謝されたことがあったでしょうか」との三つの問いに、今は違和感はありません。この三つの問いかけは、自分の身の回りの人の死を思う時、また会ったことのない人の死を知った時、それだけではなく、生きている自分への問いかけでもあります。

実は、芥川賞とか直木賞をとった作品を読んだのは久しぶりです。140回直木賞が決定する前に「悼む人」の新聞広告を見て「読んでみたいなあ」と思い、県立図書館にリクエストしたのです。するとすでに発注されていて、私は2番目に読むことができました。直木賞の発表があった今は、図書館の予約が殺到していて、こんなにタイムリーに読むことができなかったでしょう。ラッキー!

昨日は家で1日読書をしていたので、太陽が輝いていた今日の雪かき作業はとても心地良かったです。

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2007年5月20日 (日)

玄侑宗久さんの本を読む

Inochino 気がつけば、今年になってから僧侶であり作家でもある玄侑宗久さんの対談本や往復書簡を数冊読んでいた。玄侑さんの本を読むきっかは、禅道場の厳しい生活を、明るくユーモアに書いた「ベラボーな生活」をラジオ放送の朗読で聞いたことによる。

読んだ順番に下記にメモをしたが、一番面白かったのは岸本葉子さんと書いた「私を超えていのちの往復書簡」だった。

○玄侑宗久さんと柳澤桂子さんの「往復書簡」

文藝春秋2006年12月号と2007年1月号
いつものことだが柳澤桂子さんの「生と死の哲学」や宗教感は難しい。しかし、10年前に柳澤さんの著書を読んだ時より、わかりやすくなってきたような気がする。私が彼女の考え方をちょっぴり理解できるようになったのかも知れない。柳沢さんは、理知的で私にとっては雲の上の人であるが、なぜかひかれる。玄侑さんと柳澤さんの往復書簡は、岸本葉子さんとの書簡より難しいが、また何年かしたら「もう1度読みたい」私の読書禄に記録された。

お二人の書簡のやり取りは、Eメールを使ったそうである。

○「あの世この世」

瀬戸内寂聴さんと玄侑宗久との対談本
寂聴さんの人生感や宗教感などはもう完成していらっしゃる。修羅場を通ってきた方ですが、主婦の私からみても可愛いところもおありで、寂聴さんには悩みを相談できそうな気がする。玄侑さんとのやりとりはサラサラと読め、あっという間に読み終わってしまった。玄侑さん、寂聴さんともに仏さまに使え、作家同士という親しみもあってか、堅苦しくない楽しい対談だった。しかし、なんだか印象がとっても薄かった。

○「脳と魂」

養老孟司さんと玄侑宗久との対談本
養老さんは解剖学者、玄侑さんは禅僧との肩書きを、ともに忘れているような自由で伸びのびした話が続く。

玄侑さんが養老先生のことを「君子性と赤子性を併せ持つ」と表現していらしたが正にその通り!本のタイトルにもなった第4章の「脳と魂」は、なかなか面白い。

○「私を超えていのちの往復書簡」

玄侑さんと岸本葉子さんと1年近く交わした往復書簡。
岸本さんの本は「がんから始まる」から始まって、7、8冊読んでいるが、明るく前むきで、自然体で、好感の持てる40代の女性である。岸本さんは、玄侑さんとの往復書簡を通して、また成長なさったように思われる。読んでいて一緒に学ぶことが多い。やり取りの中でさまざまな著書が紹介されているが、いつか参考になるような気がする。私の読書録「もう1度読みたい本」のひとつになった。

○今後読む予定の本
 「ベラボーな生活」と「禅的生活」

玄侑さん、柳澤さん、養老さん、瀬戸内さん、岸本さん、皆さんの読書の質と量には、いつも感心してしまう。この方たちの千分の1でもいいから、古典と言われるような本も、読まなければならないと思っているが、つい最近出版された本ばかりを読んでしまう。

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2007年1月22日 (月)

「さよなら、サイレント・ネイビー地下鉄に乗った同級生」

Ayonara 昨年の11月、NHK番組の「ブックレビュー」をたまたま見ていたら「さよなら、サイレント・ネイビー地下鉄に乗った同級生」の著者伊東乾(イトウケン)さんが、黒いサングラスをかけて現れた。「シャイな作家さんなので、サングラスをかけてきたのかしら」と、私は一瞬思った。伊東さんが椅子につくとすぐにサングラスをはずし「サングラスをした僕と、はずした僕の印象は違うでしょう。人は先入観で物事を判断しがちです」と言う出だしから彼のインタビューが始まったように記憶している。

オウム事件で地下鉄にサリンを撒いた豊田亨被告と著者は、東京大学理学部物理学科で同級生だった。サリンを撒いた豊田と同じ地下鉄日比谷線の先頭車両に著者が乗るところから話が進んで行く。第4回開高健ノンフィクション賞を受賞。

頭脳明晰な若者がどうして、麻原彰晃こと松本智津夫のような愚劣な人間にやすやすとマインドコントロールされ、殺人までおかしてしまったのか、私は豊田の同級生が書いたと言うこの本に興味を持った。読み始めるとほどなく「相棒」と呼ぶ女子大生が現れて質問形式で話がすすめられる。もしかしたら期待はずれの作品かなと思っているうちに、どんどん引き込まれて行った。

読み終えても、豊田がどのようにオウムに入信したのか、麻原にどのようにマインドコントロールされていたのかなどの、私が一番知りたかった豊田本人からの話を読むことはできなかった。その疑問が残されているのも、この本の魅力かもしれない。書かれていなくとも、マインドコントロールから解き放たれた、生来の豊田の人となりは伝わってくる。オウム事件のみならず、戦争やテロについても触れられ、テロ再発防止への著者の思いも伝わってきた。

読んでいる途中、伊東氏がサングラスをかけ、インタビューに登場した別の理由に気がついた。私の勝手な推測かも知れないが、読んだ人だけがニヤリとできるかも・・・。

実は、この本を私は購入していない。昨年は「読んで面白かった」という知人もいなかったし、伊東氏の人となりもまったく知らなかった。賞をとったと言うだけで、期待を裏切られるような本だと嫌なので、買わずに宮城県立図書館に購入のリクエストを出していた。その本が数日前に届いたのである。購入しても損のない内容だと思う。

「さよなら、サイレント・ネイビー地下鉄に乗った同級生」
集英社 1,600円

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2006年5月13日 (土)

再び「バカの壁」

Photo現在200万部も売れているという養老孟司先生の「バカの壁」、2003年に「バカの壁」を読んだ時は、頁数が多いわけではないのに、読むのに時間がかかったという印象があった。

その後、ラジオやTV番組に出演なさる先生の話を何度か聞いているうちに「東大のえらい先生」と言う印象から「ゾウムシ取りに夢中になっている面白いオジサン」に変り「バカの壁」以外の本も読んでみたくなった。

テリー伊藤さんとの対談「オバサンとサムライ」は、わかりやすいし、笑える。日下公人さんとの対談「バカの壁をぶち壊せ」も、面白かった。対談以外のお勧めと言うと、やはり新潮社の「バカの壁」「死の壁」「超バカの壁」である。書かれた年に逆らうことになるが「超バカの壁」を、最初に読むのもいいような気がする。

今年の春、NHKの対談番組で養老先生は「壁シリーズは、新潮社の後藤さんが、私の話を聞き書きして、わかりやすくしてくれたお陰で、本が売れたのですよ。本が売れたお陰で、ゾウムシをいれる倉庫ができました」と話していられた。「夫婦関係は直角がいい」との「え~?」と思うような話も、私にとっては面白いと思えるようになっていた。

前に読んだ「バカの壁」の内容をもうとっくに忘れているので、最近また読み直してみた。当然のことだが、今回は前回の5倍ぐらいの速さで読めた。先生の本は15冊ぐらいは読んでいるが、やっと満腹になった感じがする。

養老先生の本は先生独自の哲学を「え~、どういうこと」と、考えさせられる点がいい。先生の哲学に触れ、生きることが少し楽になったような気がする。

ba-hirake

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2006年1月22日 (日)

「老いる準備」を読んで

oirujyunbi「老いる準備」のタイトルに、ひかれて社会学者上野千鶴子さんの本を一気に読んだ。

フェミニズムとかジェンダーフリーを唱えている人は「意思の強い女」との印象があって、彼女たちの本を好んで読もうという気にはなかなかなれなかった。しかし、上野さんに対する私の先入観念はプロローグを読み始めたとたんにどっと崩れた。本の上野さんは「強い女」という印象はなく、自分の「弱み」をも見せながら、柔らかな考え方で冷静に分析し「老いの過去と未来」を語っていた。

 内容は「向老学」、介護と家族、介護保険が社会を変える、福祉ワーカーズ・コレクティブ、ニューシルバーについてである。

本には、有吉佐和子さんの「恍惚の人」と佐江衆一さんの「黄落」の本を比較しながら紹介している頁がある。二冊の本が出版された時代は違うが、私はその両方ともに介護にかかわっていた。夫からの感謝の一言で長年の介護の苦労が報われたと感じた妻「恍惚の人」、感謝の言葉を最後まで言わなかった夫に失望した妻「黄落」、そして介護離婚もありと考える介護予備世代、介護をめぐる男と女の考え方のずれは、自分の経験を通しても実感として伝わってきた。

介護の問題だけではなく、ワーカーズ・コレクティブやボランティアについて書かれている章も、その時代の社会状況、どのように運営してゆき、どんな経過をだどってきたか、そしてそれらに参加する人々の心根のようなものも見えてきて、とても参考になる。10年前、ボランティアで食事サービスやデイサービスなどを立ち上げた友達の苦労や経過を見て来ているだけに、書いてある内容には本当に納得できる。「人助けをやるのも結局は自分のため。最後に自分に返ってこないかもしれない。・・・将来への投資ではなく、現在の満足のためにやる。他人のためより自分のため」と言う意見にも、ボランティアを続けた私には、実感として伝わってくる。

私のホームページのテーマでもある「老いの準備と覚悟」を、上野さんが学者の専門的な目で整理し分析して、私のために書いて下さったような気までする本だった。

介護福祉の仕事をしている人、ボランティアをしている人、老いの問題を考えている人には、ぜひ読んでいただきたい。

ba-hirake

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2005年8月31日 (水)

もう1度読みたい本「露の身ながら」

tuyunominagara  繰り返し読みたいと思える本に出合うことは、良き友に出合ったような気がして嬉しい。 この夏もグータラに過ごしてしまったけれど、・多田富雄さんと・柳澤桂子さんの往復書簡「露の身ながら」に出合えたことは収穫だった。  

 免疫学者多田富雄さんは、2001年に脳梗塞に襲われ、右半身の運動麻痺となった。言葉を話せない障害と嚥下障害まである多田さんが、左手で文字を入力して、ご自身の思いを書いていらっしゃる。

 遺伝学者柳澤桂子さんは30年以上難病に苦しめられ、やっと病名がわかり車椅子にも乗れるようになられたと喜んでいたら、さらに新たな病魔が彼女を襲っている。柳澤さんの本はなん冊か読んでいるので、彼女の病気のことや研究や趣味などについては多少知っていたが、往復書簡のお陰で、より彼女を知ることができたような気がする。

 お二人とも重度障害の身になられても、生きる望みを持ち、自分の趣味や思考を深めていらっしゃる。ともに病の良き理解者となっているので、心を開いた手紙のやり取りになっているのかと思う。ちょっと高尚すぎるが、音楽や能、世の中の問題などについてのお二人の意見も参考になる。

 重度の病でも質の高い暮しを続けていらっしゃるお二人の手紙は「まあ、いいじゃない」と、グータラ生活を続けている私にカツを入れてくれた。

「露の身ながら 往復書簡 いのちへの対話 」

著  者: 多田富雄 柳澤桂子
発行所 : 集英社 (ISBN:4-08-781265-0)
発行年月: 2004年04月
価  格: 1,470円

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